Share

9-10 再会 2

last update Last Updated: 2025-04-20 19:30:40

「きっと、朱莉さんのお陰ですよ。貴女には本当に悪いことをしてしまったのに、色々親切にして貰って感謝していると何度も言ってましたよ」

「そうですか……明日香さんが……」

安西の言葉に朱莉は思わず頬を染めて、俯いた。すると航が言う。

「貴女って変わった人ですよね? 話は聞いたけど相当酷いことをあの女にされてきたじゃないですか?それなのに憎むどころか親切にして。しかも彼女の話を今も嬉しそうに聞いていたし」

「確かにそうかもしれないけれど、私は誰かといがみ合いたくはないんです。出来れば皆と仲良くしていきたいと思っているんです」

朱莉の答えを航はつまらなそうに聞いている。

「あっと……いけない。そろそろホテルに戻らないと」

不意に安西が腕時計を見た。

「どちらのホテルですか? お送りしますよ?」

朱莉が言うと安西は首を振った。

「いえいえ。そんなご迷惑は……」

しかし、航は言う。

「いいじゃないか、送って貰えば」

「航! お前と言う奴は……!」

そんな2人を見て、朱莉はクスリと笑った。

「遠慮なさらないで下さい。東京では色々とお世話になったんですから」

こうして渋る安西はようやく納得し、朱莉は2人を連れて車で送ることになった。

****

 朱莉の車に乗り込んだ安西は言った。

「おお、これは素敵な車ですね。女性らしさを感じる。買って間もないんですか?」

「まだ2か月程ですね。免許を取ってすぐに車を買ったので」

朱莉が答えると航が驚いた。

「ええ!? な、何だって!? それじゃまだ運転歴が浅いのか!? おい、大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。車を買ってからは毎日乗ってるんですから。車庫入れだってばっちりです。それより気付かなかったんですか? 初心者マーク貼ってあることに」

確かに朱莉の車には前後に初心者マークが貼ってある。

「うっ! ほ、本当だ……。気が付かなかった……。お、俺としたことが……」

何故か大袈裟に悔しがる航。その姿に朱莉は思わずクスクス笑ってしまった。

「どうしたんですか? 朱莉さん」

突然笑い出した朱莉を不思議に思い、安西は声をかけた。

「い、いえ……。初心者マークを見落とすのに、興信所の方なんだと思うと、つ、つい……」

「な……! ひょっとして……俺を馬鹿にしてます?」

航の恨めしそうな声に朱莉は慌てて謝罪した。

「す、すみません。そんなつもりじゃ……ただ可愛
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Related chapters

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-11 新しい同居人 1

     翌朝――朱莉は昨日約束した通り、安西親子の宿泊するホテルに迎えにやって来ていた。駐車場で待っていると安西と航がこちらへ向かってくる姿が見えた。「おはようございます、安西さん。航君」笑顔で2人を出迎える朱莉。「朱莉さん、おはようございます。本当にこんな朝早くから申し訳ございません」「おはよう」航も朱莉に挨拶する。その時、航は大きなキャリーケースを手にしていたが、この時の朱莉はそれを特に気にも留めることは無かった。「それでは空港へ向かいましょうか? どうぞお乗りください」朱莉は2人を乗せると那覇空港へ出発した――****「いや〜本当に助かりましたよ。朱莉さん」空港に着くと安西は何度も何度も朱莉に頭を下げてきた。「そんな、顔を上げて下さい。私から言い出したことなのですから」朱莉は困り顔で言うと、アナウンスが流れた。それは羽田行きの便が到着した知らせである。「ほら、父さん。もう行けよ」航が安西に声をかけた。「ああ、そうだな。こんな所でいつまでも朱莉さんをお引止めするわけにもいかないし。それじゃ、航。今日から3週間しっかり頼んだぞ」「言われなくても分かってるよ。これでもプロのつもりだからな」「朱莉さん。それではこれで失礼しますね」「はい、どうぞお元気で」朱莉は笑顔で安西に別れの挨拶をすると、彼は背を向けて歩き去って行った。航と2人きりになった朱莉は尋ねた。「ねえ航君。ところでこの大きな荷物は一体何?」「はあ? 見れば分かるだろう? 沖縄に滞在するまでの俺の着替えとかが入ってるんだよ」すっかり航は年上の朱莉に対してぞんざいな口を利くようになっている。「え? 着替え? さっきのビジネスホテルにずっと泊まるんじゃなかったの?」「あのなあ……こちらは限られた予算で動いているんだ。そんな無駄なこと出来るはずは無いだろう? ネットカフェに泊るんだよ。こんなに暑くなければキャンプ場でテント張って寝泊まりするんだけどな……」航は遠くを見るような眼つきになる。「ええ!? そうだったの……? ひょっとしていつもそうやって遠方での調査はネットカフェに泊まっていたの?」朱莉はあまりの話に驚いた。「いや、こんなことは初めてだ。何せ場所が沖縄だもんな。それじゃ俺はもう行くよ。これからネットカフェを探さないといけないから。じゃあな」そう言っ

    Last Updated : 2025-04-21
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-12 新しい同居人 2

    「ほ、本当にこんなすごい部屋に住んでたのか……!?」航は部屋に入るなり、驚きの声を上げた。「うん……。そうなんだ。だから言ったでしょう? 部屋は広いし、一部屋余ってるから3週間の間、ここに住めばって言ったの分かった?」朱莉は航の背後から声をかけた。「だけど……本当にいいのかよ」突如航が真剣な顔で朱莉を見る。「え? 何がいいって?」「だって……仮にも俺は男であんたは女だ。他人同士の男女が1つ屋根の下に住むなんて世間的に見たらおかしいだろう?」「う~ん……確かに。でも私は誰も知り合いがいないから、何か聞かれることも無いんだけどな…」「い、いや。俺が言ってるのはそういう意味じゃなくて……」「あ、それじゃもしコンシェルジュの人に何か聞かれたら……私の年下のいとこってことにすればいいんじゃない?」朱莉はポンと手を叩く。「へ……? いとこ……? だ、だから俺が言いたいのは……」そこまで言いかけた時、航の足元に何かが飛びついてきた。「うわああああ!?」突然の出来事に航が驚いて下を見ると、足元にはネイビーがいた。「へ……? う、うさぎ……?」「ネイビー。おいで」朱莉はネイビーを抱き上げると航に説明した。「このこはネイビーって言う私の大切なペットなの。これからよろしくね。航君」「あ、ああ……よ、よろしく……」航は呆然としながら言った。そして心の中で思う。もう、どうにでもなれ――と。****「それじゃ、俺はこれから調査に向わないといけないから」航はカメラやら小型PCなどを取り出し、リュックに詰めた。「大変だね、到着して早々に仕事なんて」朱莉はその様子を見ながら声をかける。「仕方ないさ。こっちはギリギリの日程で動いているんだ。休んでる暇なんてないさ」そんな様子の航を見ながら朱莉は思った。(何だか、大変そうだな……。そうだ)「航君、車で送ろうか?」「は……はあ!? な、何言ってるんだよ! そんな事無理に決まってるだろう!?」航は大声で反論した。「え? 無理なの?」「当り前だ! 個人保護法に乗っ取って、俺達は仕事してるんだ。関係無い人間を現場に連れて行けるはずが無いだろう?」「そっか……言われてみればそうだったね。ごめね、航君」「べ、別に謝ることじゃないだろう?」(全く……朱莉って女がこんな天然な性格をしているとは

    Last Updated : 2025-04-21
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-13 嬉しい気持ち 1

     航が玄関を出て行くのを見届けた朱莉は足元にいたネイビーを抱きかかえた。「ネイビー。誰かに行ってらっしゃいって言えることって何だか嬉しいね」考えてみれば朱莉は母が入院生活に入ってからは何年もの間、1人で暮していた。父の死と会社の倒産、そして高校中退という環境は朱莉から友人を奪ってゆき、代わりに孤独を与えたのだ。でも、誰かが側にいて一緒に暮らす……このことを考えるだけで朱莉の心は楽しくなった。ここは広々とした大きな部屋。必要な物は何でも揃っているが朱莉が本当に欲しいものは手に入ることは無かった。孤独な生活から抜け出したいとこんなにも自分が望んでいたとは今迄思ってもいなかった。「航君……カレー好きかな?」朱莉はネイビーの背中を撫でながら、そっと呟くのだった——**** 19時過ぎ—― 朱莉の部屋のインターホンが鳴った。カメラを確認するとそこに立っていたのは疲れ切った顔をした航であった。「航君? 待ってね。今ドアを開けるから」朱莉はボタンを操作すると、航の立っているホールの自動ドアが開いた。「……スゲー設備」ボソッと航は呟くと、重たい足を引きずって中へと入って行った――5階の朱莉の部屋の前に付くと、航は再度インターホンを押す。するとすぐにドアが開けられた。「お帰りさない、航君」そこには満面の笑顔の朱莉が立っていた。「な、な、なんでそんな笑ってるんだよ……」航は後ずさりながら尋ねると朱莉の頬が赤く染まる。(え……? 朱莉……?)航は一瞬ドキリとした、次の瞬間。朱莉が口を開いた。「あ、あのね……。私ずっと1人暮らしが長かったから……誰かに『お帰りなさい』って言ってみたかったの。ありがとう、航君」満面の笑顔で微笑まれ、航は戸惑ってしまった。まさか、たったこれだけのことで朱莉がこんなに幸せそうな笑顔を見せるとは思わなかった。そして、それと同時にフツフツと翔に対して怒りが込み上げて来るのも事実だった。(くそ! あの翔とか言う男め。いくら大企業の副社長だからと言って非人道的なことしやがって……!)航は思わず拳をギュッと握りしめた。そんな様子の航を見ながら朱莉が声をかけた。「航君、疲れてるみたいだね? そうだ! ご飯の前に先にお風呂に入る? あのね、ここのマンションのお風呂にはジェットバスやミストサウナがついてるの。試してみたら?」

    Last Updated : 2025-04-21
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-14 嬉しい気持ち 2

    30分後—―航がバスルームから出てきた。丁度朱莉はその時、ネットで英会話の勉強をしている所だった。「あ、お、お風呂ありがとう」航は目を伏せながら礼を述べる。「あれ? 航君もう上がってきたの? 早かったね」朱莉は立ち上がった。「そりゃ、あれだけ広くて綺麗だとかえって落ち着いて風呂なんかに入っていられないだろう? 何だか自分が酷く場違いな所にいるような感覚になっちまったんだよ!」言いながら航は思った。俺は何故こんなにも力説しているのだろう……と。「ねえ、航君。今夜カレーを作ってみたんだけど、好き?」「うん? カレーを嫌いな奴なんてこの世にいるのか?」航の返事に朱莉は嬉しくなった。「良かった〜もし嫌いだって言われたらどうしようかと思っちゃった」「だから俺言っただろう? 別に好き嫌いは無いって」「そう言えばそうだったね。さ。それじゃ座って座って」朱莉は嬉しそうに航に椅子を進める。「待っていてね、すぐに準備するから」冷蔵庫から用意しておいたアボガドに蒸しエビが入ったサラダと福神漬けを出してくると、楕円形のプレートに熱々ご飯と彩りたっぷりのカレーをよそい、航の座るテーブルの前に置いた。「へえ~見た目はいいじゃないか」航はつい照れ隠しに意地悪なことを言ってしまった。「そう? ありがとう。それじゃ味はどうかな? 食べてみてくれる?」「う、うん。いただきます」そしてスプーンですくって口に入れる。「……うまい」「本当?」朱莉は嬉しそうに笑った。「ああ、美味いよ。まあもっともカレーを不味く作る奴の方が珍しいだろうけどな」そこまで言って、また航はハッと思った。(お、俺は、又ひねくれたことを……)恐る恐る朱莉の様子を伺うも、朱莉は気にする素振りも無く美味しそうにカレーを口に運んでいる。「やっぱり誰かと食べる食事って、それだけでご馳走だよね?」朱莉のその言葉を聞いた時、航は何だか胸が締め付けられそうに感じ、改めて部屋の中を見渡した。2LDKの広々とした部屋。この部屋でも1人暮らしの朱莉には十分すぎる広さなのに、聞くところによると六本木の朱莉が住む億ションはこことは比較にならない位の広い部屋だという。(そんな広い部屋で……ずっと1人きりで住んでいたのかよ……。しかもこの先後5年間も……!)再び、航の中で翔に対する怒りが湧いてくるの

    Last Updated : 2025-04-21
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-15 琢磨との記憶 1

     朱莉がお風呂に入っている間、航はリビングでPCを前に明日向かう場所のチェックをしていた。すると、程なくして朱莉がお風呂から上がってくると航に声をかけた。「航君、仕事してたの?」「ああ。事前に準備しておかないとな。ルートとか……対象者見失う訳には……って何言わせるんだよ」航が顔を上げると、丁度キッチンで朱莉が麦茶を飲んでいるところだった。「朱莉は本当に酒飲まないんだな」「う、うん。飲み会とかそんなの行ったことが無いし、1人で暮してると中々お酒飲むことって……。あ、そう言えば沖縄に来て初めて居酒屋に入ったんだっけ」朱莉の頭に九条の記憶が思い出された。(九条さん……まさか社長になってるなんて……)「朱莉」その時、ふいに声をかけられ、顔を上げるといつの間にか航がリビングからキッチンに移動していた。「びっくりした。いつの間にここに来てたの ?何?」「まさか1人で居酒屋へ行ったのか?」真面目な顔で航が尋ねる。「え? まさか。一度もお酒を飲んだことが無い私が1人で居酒屋へ入れるはずないよ」「それじゃ誰かと行ったんだな? 誰とだ? あいつ……鳴海翔とか? いや……そんなはず無いな。だってあの男は朱莉を顧みるような男じゃ無いからな」「航君……?」妙に棘のある言い方をするなと朱莉は思った。「誰と行ったんだよ?」航は尚も追及してくる。「え、えっと、九条……琢磨さんだけど?」「九条……九条ってあいつか!?」航の顔が険しくなる。明日香と翔の関係を調べる際に、九条の事を調べたのも航だ。エリートの上、顔が整っている優男。いかにも女受けするタイプの男だ。「あ、そうか。航君は九条さんのことも調べたんだもんね。だから知ってるんだ」「いや、知ってるのは俺だけじゃ無いぞ? 今や世間で知らない人間はいない位有名人だ。連日ニュースで騒がれてるじゃ無いか。あの大手通販会社『ラージウェアハウス』に入社して、たった1カ月で新社長に任命されたんだ。しかもあのルックスだろう? 連日ネットで騒がれてるぞ? それにこの間もビジネス誌に5ページにも渡って、あの会社の特集が組まれていて顔写真も載っていたしな。あの時の雑誌の売り上げは前月号の2.5倍あったそうだ」航がまくしたてるように言うのを朱莉は半ば唖然と聞いていた。「わ、航君て……すごいね」「凄い? 俺の何処がだ?」

    Last Updated : 2025-04-21
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-16 琢磨との記憶 2

    「うん、そうだよ。ところで航君。仕事の続きはいいの?」朱莉に促され、航はまだ作業が途中だったことを思い出した。「あ!やべっ!こうしちゃいられなかった!」慌ててリビングへ戻ると再び航はPCと向き合って、色々検索を続けた。その間に朱莉は空き部屋へ行くと、航の寝る部屋の準備をした。幸い、寝具は全て揃っている。ベッドに布団を敷き、エアコンの温度を26度に設定すると部屋に戻って来た。時計を見ると時刻は23時半を示している。「ねえ……航君はまだ寝ないの?」朱莉は遠慮がちに声をかけた。「ああ。もう少し調べることがあるから。朱莉は俺に構わず寝ていいよ。電気は消しておくからさ」航はPCから顔を上げると答えた。「航君。明日は何時に起こせばいい?」「へ? お、起こす…子供じゃないから1人で起きれるって!」航の顔が赤く染まる。「そうなの? それじゃ何時に起きるの?」「う~ん……6時半には起きるかな?」「ねえ、航君は朝はパン派? それともご飯派?」「え……? ま、まさか俺に朝ご飯考えてたのか……?」「うん。当然じゃない」「お、俺はコンビニで適当に買ってこようかと思っていたんだけど……」「だって私も朝ご飯食べるんだから一緒に食べようよ。それで、パンとご飯どっちがいい?」「そ、それじゃ……ご飯で……」航は赤くなった顔を見られないようにフイと横を向きながら答える。「うん、ご飯ね。それで何時に出掛けるの?」「8時には出るよ」航は素っ気なく答える。「8時ね。了解。それじゃ私、もう先に寝るね。お休みなさい」「ああ、お休み」その言葉を聞くと朱莉は顔を赤くした。「朱莉……?」(な、何で赤くなってるんだよ!)「フフ……」次の瞬間朱莉は笑みを浮かべ、嬉しそうに自室へと向かった。その後姿を見ながら航はポツリと呟いた。「やっぱり……朱莉が何考えてるか分からねえ……」朱莉が自室へ行って約1時間後——「ふう~…」航はPCを閉じると、伸びをした。「そろそろ寝るか……。朱莉はもうとっくに眠ってるんだろうな?」リビングの電気を消して、与えられた部屋へと向かった。そして部屋へ入ると航は呟く。「やっぱり住む世界が違うな……」8畳の広さがあるフローリングの部屋。ベッドはいかにも高級なイメージを醸し出したダブルサイズ。備え付けの家具も全て立派だ。「全く…

    Last Updated : 2025-04-21
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-17 朱莉の気遣い 1

     朱莉と航は向かい合って食事をしていた。献立は白米に根菜の味噌汁、浅漬けに焼き鮭と厚焼き玉子。「うん。どれも美味いな」航は素直に言った。どれも優しい味わいで、朱莉の性格を現しているかのようだった。「ねえ、航君」「何だよ?」航が顔を上げて朱莉を見ると、またもや朱莉の顔が赤くなっている。「な・な・なんだよ?」(だから何で顔を赤くするんだよ!?)「こうして二人で向かい合って食事していると……」「え……?」一体朱莉は何を言い出すのだろう……? 自然と航の心臓の音が高鳴ってきた。「仲の良い姉と弟って感じがしない?」そう言って朱莉はにっこり微笑んだ。「お……弟……?」航は開いた口が塞がらなくなってしまった。「あ、ああ! そうかい!」航は自棄になって箸を進めた。(くそ! 結局俺は弟扱いかよ!)航が仏頂面で食事する姿を見て朱莉は首を傾げた。「航君……もしかして何か怒ってる?」「べっつに!」しかし、航は自分が弟扱いされて、何故こんなにイラついているのか不思議で仕方が無かった――**** 玄関を出る時、航が言った。「朱莉、今日はちょっと遠くまで行くんだ。だから何時に帰れるか分からないから食事の支度は別にしなくていいからな? 先に寝てろよ」「え? そうなの? 何だ……一緒にご飯食べたかったのに、ちょっと残念だったな……。でも仕事だから仕方が無いね」俯き加減で言う朱莉に、何故か航は罪悪感を抱いてしまう。「し、仕方が無いだろう? 仕事なんだから……。で、でも……なるべく早く帰って来れるようには……」俯き加減でいいながら、航はチラリと見ると朱莉は嬉しそうにこっちを見ている。それはまるで犬だったら尻尾を振ってそうな勢いである。「な、な、何だよ! その顔は……」「うううん。なるべく早くって言葉が嬉しかっただけだから。それじゃ念の為にご飯は用意しておくね」朱莉は嬉しそうに言う。「あ、ああ」(何だよ……そんなに俺と一緒に食事がしたいのか? 変な女だな……)「行ってらっしゃい。あ、そうだ。航君。手、出して」「?」航が手を出すと、朱莉はカードキーを手渡してきた。「朱莉、これは……?」「スペアのカードキーよ。これがあればマンションの出入りは自由だから」「お、おい! そんな大事な物俺に預けていいのかよ? もし……俺が悪い奴だった

    Last Updated : 2025-04-21
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-18 朱莉の気遣い 2

     その頃、航は今まさに朱莉が検索していた「美ら海水族館」に来ていた。建物の外から身を隠す様に望遠レンズカメラで対象者の浮気現場をカメラに抑えていた。そして何枚か証拠画像を取ると、汗を拭った。「ふう~……本当に沖縄は暑いな……」先程自販機で購入したスポーツドリンクを飲むと木陰に移動し、機材チェックをしながら周囲をチラリと見た。水族館を訪れている客は全員がカップルかファミリー層である。航のように1人で来ている客は誰もいなかった。「全く……皆が羨ましいな。遊びに来ているのに俺は男の浮気現場の証拠写真を撮りに来ているなんて……」もっとも、安西家はこの仕事で生計を立てているので文句を言えないが、航はまだ22歳の青年。遊びたい盛りである。沖縄のビーチで泳ぎたいし、海岸線をドライブだってしてみたい。(一緒に朱莉と出掛ければもっと楽しいだろうな……)そこまで考えて航は我にかえる。「な、何でそこで朱莉の顔が浮かんでくるんだよ! 全く……あんな天然女……九条は何処が良かったんだ!?」航は自分自身に腹を立てながら、先程撮影した画像のチェックを始めた—―****—―23時 航はフラフラになりながら朱莉の住むマンションへと戻って来た。つい先ほどレンタカー会社によって車を返却し、そこから歩いて帰って来たので、もう身体は疲れ切っていた。「全く……那覇市から海洋博公園まであんなに遠いとは思わなかったぜ……高速に乗っても2時間以上かかるんだから……」朱莉から預かったカードキーを差し込み、ロック解除すると自動ドアが開く。航は中へ入るとコンシェルジュの男性と目が合った。その目は何となく航を値踏みするような視線に見えたが、知らんぷりをして航はエレベーターホールへと向かう。5Fのボタンを押し、欠伸を噛み殺しながらエレベーターに乗り込んだ。腕時計を確認すると時刻は23時半になろうとしている。(朱莉は多分もう寝てるだろうな。連絡位入れれば良かったか?)やがてエレベーターは5Fで止まり、航は朱莉の住む部屋のドアを開けて中に入ると驚いた。何と朱莉がキッチンのテーブルの椅子に座り、テーブルに頭を乗せて居眠りをしていたからだ。朱莉の前にはラップのかかった食事が置かれている。(ま、まさか、俺を今迄待っていたのか……?)「おい……。寝てるのか?」航は朱莉に近寄ると声をかけた。し

    Last Updated : 2025-04-21

Latest chapter

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-22 戻りつつある日常 2

    「ただいま……」玄関を開け、朱莉は誰もいないマンションに帰って来た。日は大分傾き、部屋の中が茜色に代わっている。朱莉はだれも使う人がいなくなった、航が使用していた部屋の扉を開けた。綺麗に片付けられた部屋は、恐らく航が帰り際に掃除をしていったのだろう。航がいなくなり、朱莉の胸の中にはポカリと大きな穴が空いてしまったように感じられた。しんと静まり返る部屋の中では時折、ネイビーがゲージの中で遊んでいる気配が聞こえてくる。目を閉じると「朱莉」と航の声が聞こえてくるような気がする。朱莉の側にいた琢磨は突然音信不通になってしまい、航も沖縄を去って行ってしまった。朱莉が好きな翔はあの冷たいメール以来、連絡が途絶えてしまっている。肝心の京極は……朱莉の側にいるけれども心が読めず、一番近くにいるはずなのに何故か一番遠くの存在に感じてしまう。「航君……。もう少し……側にいて欲しかったな……」朱莉はすすり泣きながら、いつまでも部屋に居続けた——**** 季節はいつの間にか7月へと変わっていた。夏休みに入る前でありながら、沖縄には多くの観光客が訪れ、人々でどこも溢れかえっていた。京極の方も沖縄のオフィスが開設されたので、今は日々忙しく飛び回っている様だった。定期的にメッセージは送られてきたりはするが、あの日以来朱莉は京極とは会ってはいなかった。航が去って行った当初の朱莉はまるで半分抜け殻のような状態になってはいたが、徐々に航のいない生活が慣れて、ようやく今迄通りの日常に戻りつつあった。 そして今、朱莉は国際通りの雑貨店へ買い物に来ていた。「どんな絵葉書がいいかな~」今日は母に手紙を書く為に、ポスカードを買いに来ていたのだ。「あ、これなんかいいかも」朱莉が手に取った絵葉書は沖縄の離島を写したポストカードだった。美しいエメラルドグリーンの海のポストカードはどれも素晴らしく、特に気に入った島は『久米島』にある無人島『はての浜』であった。白い砂浜が細長く続いている航空写真はまるでこの世の物とは思えないほど素晴らしく思えた。「素敵な場所……」朱莉はそこに行ってみたくなった。 その夜――朱莉はネイビーを膝に抱き、ネットで『久米島』について調べていた。「へえ~飛行機で沖縄本島から30分位で行けちゃうんだ……。意外と近い島だったんだ……。行ってみたいけど、でも

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-21 戻りつつある日常 1

     京極に連れられてやってきたのは国際通りにあるソーキそば屋だった。「一度朱莉さんとソーキそばをご一緒したかったんですよ」京極が運ばれて来たソーキそばを見て、嬉しそうに言った。このソーキそばにはソーキ肉が3枚も入っており、ボリュームも満点だ。「はい。とても美味しそうですね」朱莉もソーキそばを見ながら言った。そしてふと航の顔が思い出された。(きっと航君も大喜びで食べそうだな……。私にはちょっとお肉の量が多いけど、航君だったらお肉分けてあげられたのに)朱莉はチラリと目の前に座る京極を見た。とても京極には航の様にお肉を分ける等と言う真似は出来そうにない。すると、京極は朱莉の視線に気づいたのか声をかけて来た。「朱莉さん、どうしましたか?」「い、いえ。何でもありません」朱莉は慌てて、箸を付けようとした時に京極が言った。「朱莉さん、もしかするとお肉の量が多いですか……?」「え……? 何故そのことを?」朱莉は顔を上げた。「朱莉さんの様子を見て、何となくそう思ったんです。確かに女性には少し量が多いかも知れませんね。実は僕はお肉が大好きなんです。良ければ僕に分けて頂けますか?」そしてニッコリと微笑んだ。「は、はい。あ、お箸……まだ手をつけていないので、使わせて頂きますね」朱莉は肉を摘まんで京極の丼に入れた。その途端、何故か自分がかなり恥ずかしいことをしてしまったのではないかと思い、顔が真っ赤になってしまった。「朱莉さん? どうしましたか?」朱莉の顔が真っ赤になったのを見て、京極が声を掛けて来た。「い、いえ。何だか大の大人が子供の様な真似をしてしまったようで恥ずかしくなってしまったんです」すると京極が言った。「ハハハ…やっぱり朱莉さんは可愛らしい方ですね。僕は貴女のそう言う所が好きですよ」朱莉はその言葉を聞いて目を丸くした。(え…?い、今…私の事を好きって言ったの?で、でもきっと違う意味で言ってるのよね?)だから、朱莉は敢えてそれには何も触れず、黙ってソーキそばを口に運んだ。 肉のうまみがスープに馴染み、麺に味が絡んでとても美味しかった。「このソーキそばとても美味しいですね」「ええ、そうなんです。この店は国際通りでもかなり有名な店なんですよ。それで朱莉さん。この後どうしましょうか?もしよろしければ何処かへ行きませんか?」「え?」

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-20 見送りのその後 2

    「え……? プレゼントと急に言われても受け取る訳には……」しかし、京極は譲らない。「いいえ、朱莉さん。貴女の為に選んだんです。お願いです、どうか受け取って下さい」その目は真剣だった。朱莉もここまで強く言われれば、受け取らざるを得ない。(一体突然どうしたんだろう……?)「分かりました……プレゼント、どうもありがとうございます」朱莉は不思議に思いながらも帽子をかぶり、京極の方を向いた。すると京極は嬉しそうに言う。「ああ、思った通り良く似合っていますよ。さて、朱莉さん。それでは駐車場へ行きましょう」京極に促されて、朱莉は先に立って駐車場へと向かった。駐車場へ着き、朱莉の車に乗り込む時、京極が何故か辺りをキョロキョロと見渡している。「京極さん? どうしましたか?」すると京極は朱莉に笑いかけた。「いえ、何でもありません。それでは僕が運転しますから朱莉さんは助手席に乗って下さい」何故か急かすような言い方をする京極に朱莉は不思議に思いつつも車に乗り込むと、京極もすぐに運転席に座り、ベルトを締めた。「何処かで一緒にお昼でも食べましょう」そして京極は朱莉の返事も待たずにハンドルを握るとアクセルを踏んだ——「あの、京極さん」「はい。何ですか?」「空港で何かありましたか?」「何故そう思うのですか?」京極がたずねてきた。(まただ……京極さんはいつも質問しても、逆に質問で返してくる……)朱莉が黙ってしまったのを見て京極は謝った。「すみません。こういう話し方……僕の癖なんです。昔から僕の周囲は敵ばかりだったので、人をすぐに信用することが出来ず、こんな話し方ばかりするようになってしまいました。朱莉さんとは普通に会話がしたいと思っているのに。反省しています」「京極さん……」(周囲は敵ばかりだったなんて……今迄どういう生き方をして来た人なんだろう……)「朱莉さん。先程の話の続きですけど……。実は僕は今ある女性からストーカー行為を受けているんですよ」京極の突然の話に朱莉は驚いた。「え? ええ!? ストーカーですか!?」「そうなんです。それでほとぼりが冷めるまで東京から逃げて来たのに……」京極は溜息をついた。「ま……まさか京極さんがストーカー被害だなんて……驚きです」(ひょっとして……ストーカー女性って姫宮さん……?)思わず朱莉は一瞬翔の

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-19 見送りのその後 1

    「安西君…行きましたね」航の背中が見えなくなると京極が朱莉に話しかけてきた。「そうですね。……京極さん。昨夜……航君と何を話したんですか?」「航君は朱莉さんに昨夜のことを話しましたか?」「いいえ」「それなら僕の口からもお話することが出来ません。今はまだ。でも……必ず、いつかお話します。それまで待っていて下さいね」「……」(また……いつもの京極さんの口癖…)「京極さんは何故空港に来たのですか?」朱莉は俯くと別の質問をした。「安西君を見送りに来た……と言ったら?」「!」驚いて京極を見上げると、そこには笑みを浮かべた京極の顔があった。「そんな驚いた顔をしないで下さい。ここへ来たのは朱莉さん、貴女がきっとここに来ると思ったからです」「え?」「僕は朱莉さんに会いたかったから、ここに来ました。すみません。こんな方法を取って……。こうでもしなければ会ってはくれないかと思ったので」京極は頭を下げてきた。「京極さん。航君が突然東京へ帰ることになったのは、京極さんが航君のお父さんに仕事を依頼したからですよね?」朱莉が尋ねると京極は怪訝そうな顔を浮かべる。「もしかして……安西君が言ったのですか?」朱莉が黙っていると京極は溜息をついた。「彼は仕事内容を朱莉さんに告げたんですね? 顧客の依頼を第三者に打ち明けてしまった……。安西君は調査員のプロだと思っていたのに……」そこで朱莉は、アッと思った。(そうだ……! 依頼主の話は絶対に関係無い相手には話してはいけないことだって以前から航君が言っていたのに……私はそれを忘れて、京極さんに話してしまうなんて……!)「お、お願いです! 京極さん。どうかこのことは絶対に航君や……航君のお父さんに言わないで下さい! お願いします! 普段の航君なら絶対に情報を誰かに漏らすなんてことはしない人です。ただ、今回は……」気が付くと、朱莉は目に涙を浮かべ、京極の腕を振るえながら掴んでいた。「前から言ってますよね? 僕は朱莉さんの言葉ならどんなことだって信じるって。例えそれが嘘だとしても信じます。だって貴女は私利私欲の為だけに誰かを利用したり、嘘をついたりするような人では無いから」「京極さん……」「確かに、僕は今回安西弘樹興信所に企業調査の依頼をしました。ですが、それは朱莉さんが考えているような理由じゃありません

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-18 航との別れ 2

    11時半—— 朱莉と航は那覇空港へと戻って来ていた。朱莉は先ほどの『瀬長島ウミカジテラス』が余程気に入ったのか、航に感想を述べている。「本当にびっくりしちゃったよ。まさかあんな素敵なリゾート感たっぷりの場所があるなんて。まるで何処かの外国みたいに感じちゃった」「そうか、そんなに朱莉はあの場所が気に入ったのか。それならまた行ってみたらいいじゃないか」航の言葉で、途端に朱莉の顔が曇った。「うん……そうなんだけど……。でも、私1人では楽しくないよ。航君と一緒だったからあんなにも素敵な場所に見えたんだよ」「朱莉……」朱莉の言葉に、もう航は感情をこれ以上押さえておくことが出来なかった。(もう駄目だ……!)気付けば、航は朱莉の腕を掴み、自分の方へ引き寄せると強く朱莉を抱きしめていた。(朱莉……! 俺は……お前が好きだ……離れたくない!)航は朱莉の髪に自分の顔を埋め、より一層朱莉を強く抱きしめた。「わ、航君!?」位置方、驚いたのは朱莉の方だった。航に腕を掴まれたと思った途端、気付けば航に抱きしめられていたからだ。慌てて離れようとした瞬間、航の身体が震えていることに気が付いた。(航君……もしかして泣いてるの……?)——その時。「何をしているんですか?」背後で冷たい声が聞こえた。航は慌てて朱莉を引き剥がすと振り向いた。するとそこに立っていたのは——「京極……」京極は冷たい視線で航を見ている。「安西君。君は今朱莉さんに何をしていたんだい?」「……」(まさか……こいつが空港に来ていたなんて……!)航はぐっと拳を握った。その時、朱莉が声を上げた。「わ、別れを! 別れを……2人で惜しんでいたんです……。そうだよね、航君?」朱莉は航を振り返った。「あ、ああ……。そうだ」「別れ……? でも僕の目には航君が一方的に朱莉さんを抱きしめているようにも見えましたけど?」「そ、それは……」思わず言葉が詰まる航に朱莉が素早く反応する。「そんなことありません!」「朱莉……?」「朱莉さん……」朱莉の様子を2人の男が驚いた様に見た。丁度その時、航の乗る飛行機の搭乗案内のアナウンスが流れた。「あ……」航はそのアナウンスを聞いて、悲し気に言った。「朱莉。俺、もう行かないと……」「う、うん……」すると京極が笑みを浮かべる。「大丈夫ですよ、

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-17 航との別れ 1

    「朱莉、おはよう!」航は笑顔で元気よく朱莉に朝の挨拶をした。8時に起きた航がキッチンに行くと、そこにはもう朱莉が朝食の用意をして待っていたのだ。「おはよう、航君」朱莉も笑顔で挨拶する。「朱莉、今朝の朝飯は和食か?」航がテーブルに座ると尋ねた「うん。そうだよ」朱莉は、ご飯に味噌汁、焼き鮭、青菜の煮びたし、だし巻き卵をテーブルに並べた。「へえ~どれもうまそうだな」「ありがとう、それじゃ食べよう?」そして2人でいつもと同じように向かい合わせで食事を始めた。「うん、やっぱり朱莉の作った飯はうまいな」航は笑顔で言いつつも、心の中は暗く沈んでいた。(もう……こうやって朱莉の手作り料理を食べることも無くなるんだな……)すると、そんな航の気持ちを汲み取ったのか朱莉が言った。「あ、あのね……航君さえ良かったら、東京に戻っても時々は私の住む部屋に遊びにきてくれれば、食事位用意するけど……?」「朱莉……」航はその言葉を聞けて、自分でも驚く位感動してしまった。だが……。「朱莉……。気持ちは嬉しいけど……多分それは無理だろう……?」「え? どうして?」朱莉は顔を上げた。「どうしてって……。だって次に朱莉が東京に戻れば赤ん坊との生活が始まるわけだろう? そんな子育てで忙しい時に……俺が訪ねるわけにはいかないだろう……?」航は茶碗と箸を持ちながらポツリと呟いた。「あ……」朱莉もそのことを指摘されて気付いた。(そうだ……私は明日香さんの赤ちゃんをこれから24時間見守っていかないといけない。しかも自分の赤ちゃんじゃないから翔先輩と明日香さんの大切な赤ちゃんを預かる訳だから、より一層神経を使って育てて行かなくちゃならないんだ……)「そ、そうだったね。確かに航君の言う通り難しいかも……」すっかり元気を無くしてしまった朱莉を見て、航は慌てた。「あ、で、でも朱莉! 子育てが落ち着いて……そして5年後、鳴海翔との離婚が成立すれば、その時は俺が……!」言いかけて、航は口を閉ざした。俺が……? その後自分は何を言おうとしたのだろう? 一瞬昨夜言われた京極との話を忘れかけていた。(そうだ……俺はもう朱莉のことを……諦めなくちゃいけないんだ……)思わず目頭が熱くなりかけ、航は目を腕でゴシゴシと擦った。「航君? どうしたの?」朱莉が不思議そうに首を傾げ

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-16 京極と航 2

    「……うまい言い訳だな」腕組みをしてこちらを睨み付けている航を見て京極は溜息をついた。「どうも君はさっきから僕のことを何か勘違いしているように見えるから、この際はっきり言わせてもらう。いいか? 僕は敵じゃ無い」「敵? 何のことだか」すると京極の態度が変わった。顔つきが険しくなり、声のトーンが低くなった。「いいか? 敵を見誤るな。本当の敵は誰なのか、よく考えてみろ。君が余計な動きをすると今迄立ててきた計画に支障をきたすんだ」「な、何だよ……その計画って言うのは……」航が尋ねると京極が言った。「いいだろう。別に教えてやってもな。その代わり約束して貰う。この話を聞いた後はもう僕のことを嗅ぎまわるのはやめてもらうからな?」そして京極は静かに語り始め……航の顔色が青ざめていった――****「航君、遅いな……」朱莉はリビングで航が帰って来るのを待っていた。壁にかけてある時計を見ると時刻は既に夜中の0時を過ぎている。「戸締りをして先に休んでいるように言われてたけど心配だな……」——ガチャリ丁度その時、玄関のドアが開く男が聞こえた。(航君が帰って来たんだ!)「お帰りなさい、航くん!」朱莉は笑顔で玄関まで迎えに行った。「ええ? まだ起きていたのか?」航はびっくりした様子で朱莉を見つめる。「それで京極さんとの話し合いはどうなったの?」「うん、気になって眠れなくて……それで京極さんとの話はどうなったの?」「ああ、それなら問題ない。大丈夫、解決したんだ。朱莉は何の心配もする必要は無いからな?」航は笑顔で答える。「え? 航君……それは一体どういう意味なの……?」(何だろう? 何だか釈然としない。マンションを出た時の航君と、今の航君は何故か別人のように感じる……)「だから、朱莉。そんなに心配そうな顔するなって。京極はもう朱莉に余計なことは何一つ尋ねないって約束してくれたんだよ。それってつまり朱莉が10月に明日香の産んだ子供を連れて億ションに戻ったとしても京極は何も聞かないってことだとは思わないか? 朱莉が答えられない質問は一切しないと京極が約束したんだ。だから俺もその代わりに京極のことを調べるのはやめると互いに取り決めを交わしたのさ」「航君……?」朱莉は耳を疑った。本当は航は京極に何か脅迫されて、今の台詞を言わされているのではないだろ

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-15 京極と航 1

     航が待ち合わせ場所に着いた時には既に京極の姿がそこにあった。「やあ、安西君。待っていたよ」京極は笑顔で航に笑顔で挨拶をしてきた。「京極……」航は苦々し気に京極の名を呟いたが、京極の耳には届いていた。「また君はそんな口の利き方を……いいかい、僕は君よりも5歳年上なんだよ? もう少し部をわきまえるべきだと思うけどね?」「ああ、普通はそうだろうがな……。だが、あんたは朱莉の敵だ。敵に対して部をわきまえるつもりは俺には無い」「……」京極は黙って航を見つめていたが、やがて言った。「やめておこう。こんな人通りが多い場所で立ち話をするような話の内容でもないし。そうだな、ビーチにでも行ってみるかい?」「あいにく夜に男とビーチに行くような趣味は俺には無いんだよ。朱莉とだったら一緒に行ってもいいけどな?」ニヤリと口角をあげる航。「朱莉……」京極の眉がピクリと動いた。航はわざと京極を挑発するような言い方をしたのだ。「いいだろう、それじゃ航君は話し合いの場は何所なら構わないって言うんだい?」京極は肩をすくめた。「お前となら、その辺のファミレスで十分だ」何所までも喧嘩腰な口調の航。「ファミレスか……。うん、丁度あそこにあるね。よし、行こう」京極が先に立って歩き出したので、航は後に続いた。 2人でファミレスの席に向かい合わせで座り、お互いコーヒーを注文した。そして程なくしてそれぞれの前にコーヒーが運ばれてくると、早速京極が口を開いた。「さて、本題に入らせて貰おうか? 航君、忠告しておく。僕のことを調べるのはやめるんだ。君のような人物に周辺をチョロチョロされるのは、はっきり言って迷惑なんだ。さもなくば……」「さもなくば……どうするんだ? 俺を脅迫するネタでもあるのか?」「別にそういうことはないけどね。ただ、周りを嗅ぎまわられるのは、いい気分はしない。君だって、自分がその立場だったらそう思うだろう?」「自分のことを調べるのはやめろって、つまりお前に何かやましいことがあるからだろう? 第一そっちこそ俺のことを調べているんじゃないのか? そうでもなければ、わざわざうちみたいな小さい興信所に企業調査の依頼なんかしてくるはずがない」「……」京極は黙って航の話を聞いている。「お前は俺が朱莉の側にいるのが邪魔で仕方が無いんだろう? だから朱莉から俺を

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-14 京極からの呼び出し 2

    「え!? まさか『リベラルテクノロジーコーポレーション』って京極さんの会社の!?」「そうだ……。きっとこれは京極の差し金に違いない! 恐らくアイツは俺が自分のことを調べようと思っているのに感づいたのかもしれない。俺と言う邪魔な存在を排除するために東京へ戻すように企てたんだ……!」「航君……」「朱莉、すまない!」航はソファから降りると朱莉に突然土下座をしてきた。「ま、待って。航君、そんな真似しないで。だって航君は何も悪いことしていないじゃない」朱莉は慌てて航の側へ行くと肩に手を置いた。航は朱莉の顔を見つめた。「いや、やはり俺のせいなんだ。俺が……京極の前で興信所の調査員だと身元を明かしたからあいつは俺のことを調べたんだ。絶対そうに決まっている」「航君……」その時、朱莉のスマホが鳴った。朱莉はテーブルの上に置いてたままのスマホに手を伸ばしたが……着信相手を見て固まってしまった。相手は京極だったのだ。「朱莉、俺にそのスマホ貸せ!」朱莉が頷くと、航は自ら朱莉のスマホをタップした。「もしもし……」なるべく怒気を押さえて話すが、京極に対する怒りがどうしても抑えられない。『ああ……安西君でしたか。こんばんは』妙に落ち着いた声が受話器越しから聞こえてきた。「京極さん……俺が朱莉の電話に出たのに随分落ち着いていらっしゃいますね?」『そうかな? もし、そう感じられるのであれば安西君、君に何か心当たりがあるからでは無いですか?』「何!?」「わ、航君……」朱莉が航の剣幕に困惑している。「京極さん、俺は明日東京へ帰らなくてはならなくなりましたよ」『そうですか。それはまた急ですね。飛行機のチケットは取れそうですか?』「いいえ、あまりにも突然の話だったのでこれから手配しなくてはならなくて大変ですよ。もしかすると飛行機の席をとれないかもしれませんね」お互い、冷静な口調で話してはいるが、そこにはまるで火花が飛散っているように朱莉には感じた。『それなら大丈夫。僕が羽田行のチケットを押さえてあるから』京極の言葉に航は衝撃を受けた。「何だって……!?」航は初めて、そこで怒りを露わにした。『それで航君、君に飛行機のチケットを渡したいのでこれから会えませんかね?』「それは丁度良かった。俺もあんたに会いたいと思っていたんでね」もう航は京極に対して

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status